船舶用エンジンにも排ガス規制が始まった。
これまで船舶用エンジンには排ガス規制が無く、ジェットスキー用は2stエンジンなので排ガスと
しては最悪なので、触媒、又はダイレクトインジェクション等で排ガス対策を行う必要が出て来た。
2stエンジンの排ガス対策は別チームが行っていたが、彼らには2stエンジンの経験しか無く、
ジェットスキーグループで唯一4stエンジン設計の経験がある小生が勝手に手を上げて、勝手に
ジェットスキー用4stエンジンを試作することになった。
ジェットスキー用エンジンには二輪車用エンジンと比べて、T/Mギヤ、クラッチ、チェンジ機構が無く、エンジン構造は極めてシンプル(部品点数が少ない)で、ジェットスキー独特の機構を知っていれば簡単に設計、試作出来る。
4stジェットスキー用エンジンは採用に成らなかった。
4stエンジンの組立が始まった頃、2stエンジンの排ガス対策グループは筒内ダイレクトインジェクションで排ガス対策することに決めて、アメリカのダイレクトインジェクションの部品メーカーと取引契約が決まったらしい。
会社の方針として4stエンジン開発は凍結に決まった。 サラリーマンなので従うしかなかった。
初期性能だけは取らせて貰う。
789の試作部品は全て完成しているので、エンジンを組立てベンチ性能だけは取らせて貰う。
目標性能は160ps/7,000rpmであったが初期性能で153ps/7,000rpm が得られ、設計に間違いが無いことが確認された。
開発コード 789
4st 1500ccエンジン開発
残念ながら試走は出来なかった。
4stエンジンの開発中止が決まってから試作部品を組立てエンジン性能だけを取らせて貰ったので、船体も無く試走は出来なかった。 4stエンジンでテストしたい事が山ほどあったが、会社の命を受けて、開発コード;118の設計要員に参加する。
応援のつもりであったが、量産立上げまでやらされた。
後年、4stエンジンの時代がやってくる。
排ガス対策として4stエンジンのライバルである2st筒内噴射エンジンは量産化まで漕ぎ付けたが、クランク室がガソリン冷却出来ないので、様々な熱トラブルが出て来た。
結局、Di(ダイレクトインジェクション)エンジン艇のバリエーションは増えず、4st
エンジンの開発に進んで行く。
エンジン諸元
ボア×ストローク:φ83×70 排気量:1514cc 目標出力:160ps/7,000rpm
川崎重工がジェットスキー用4stエンジンを開発したことはなく、直前まで750ccのSBファクトリーエンジンを開発していたおいらに基本設計が任命された。
と言うより、4stジェットスキー用エンジンの必要性を会社に訴えて予算と開発要員を確保出来たもので、個人の趣味に会社が協賛してくれたものである。
片や、別チームでジェットスキー用エンジンの排ガス対策として、DI(気筒内ダイレクトインジェクション)の開発が進んでいたが、これも川崎重工としては未経験の技術であり、多くの困難で前に進んでいなかった。
船舶用エンジンでは4stエンジン、ディーゼルエンジンが一般的であるが、ジェット
スキーは転倒が前提のレジャービークルであり、時には波を突き抜けることがあるので、エンジンフード内に水(海水)が入ることは多くある。 なので、それなりの独特の対策が
必要となる。 試作艇は既存のハルを使う為にクランクシャフトと舟艇との隙間が少なく、
ドライサンプとしてオイルパンを無くした。 当初はφ83×65 1,046ccとして
図面を引き始めたが、会社側から排気量を1,500cc以上にして欲しいとの要望があり、出力アップでは無く排気量アップを要求する意味が判らないが、上司の要求を聞いて
ストロークアップをしたが、増々、ハルとの隙間が無くなってしまった。
エンジン回転数の制約
4stエンジンの出力アップはエンジン回転数を高めることでありスポーツモデルの
二輪車 ”ZX14R”なら 1400cc4気筒エンジンで 200ps/10,000rpmを得ている。
ジェットスキーの推進力は直結のジェットポンプで得られており、7,000rpmで
チューニングされている。 エンジン回転数を高めて減速機を入れる手法もあるが、これをやるとエンジン加速音と推進力が合わなくなりフィーリングが悪くなるのは確認されており、ジェットスキーでは ジェットポンプ直結駆動を基本としている。
よって7,000rpmで最高出力の160psが出る様にチューニングする必要があった。
低回転数エンジンの設計手法
バイク用のエンジンは T/Mギヤがあるので高回転で高出力を得ているが、自動車用エンジンは高効率で低燃費、耐久性を狙う為に低回転エンジンとして開発されている。
早速、解体屋に行き、15万円で1,500ccの乗用車エンジンを買って来て分解調査する。 自動車用エンジンは低回転で高出力を得る為にスケアに近いボア×ストローク、長いインテークパイプ、4−1集合の排気管が特徴であり、これらを出来るだけジェットスキー用4stに採用すべく計画を進める。
ドライサンプの採用は船体との関係で致しがなかった。
ドライサンプの開発
クランクシャフトとハルとの隙間が少ない関係からオイルパンの無いドライサンプに頼るしかなかった。 カワサキの二輪車でドライサンプを採用したのは初代
”W650”だけだと聞いたので W650のエンジン開発者を探すが、W650は メグロ社の技術を買ったものだったのでカワサキにはメグロのエンジンの設計者は居なかった。
唯一、ロードレーサーでドライサンプを開発した設計者が居たので、気液分離の難しさ等を教えて貰った。
4stジェットスキーエンジン開発の苦労話。
世の中に参考例が無く、全てを一から企画開発する困難さを初めて味わったが、これは趣味の世界なので、苦労したとは思えず、オリジナル設計をするのが楽しかった。
4stエンジン開発中止の命が出る。
会社の方針としては同時開発していたDIエンジンを排ガス対策とする方針が出たのであった。
試作エンジンの組立後、初期性能だけは取っておく。
789エンジンの開発中止の命を受けた時には試作部品は全て完成していたので、
エンジンを組立て、設計的に間違いが無かったのかの確認の為に初期ベンチ性能の測定だけをさせて貰った。
目標性能は160ps/7,000rpmであったが、ベンチでの初期性能は153ps/7,000rpmが得られたので、設計的に大きな間違いが無かったことが確認された。
1997年9月1日 789開発中止の命を受けて、
エンジン組み立てを終えて関係者と記念撮影を撮る。
789エンジンの開発に当たって4名の設計者が担当となったが、
この中で4stエンジン設計の経験はおいら一人だけ、
残り3名は2stエンジンの設計しか経験が無かった。
ベンチ性能でエンジンが掛った時には奇跡を感じる程に感動した。
789エンジン組立図
主断面図。 クランクシャフトとクランクケースとは充分に隙間を開けるのが設計の鉄則であるが、
クランクケースの下にはハルが迫っており、メカロスを無視して最小限の隙間とした。
オイルパンを設ける隙間がないのでドライサンプとする。
右が船首側。 出来るだけ長くした吸気管。 クランクケースと一体となったドライサンプ用タンク。
左が船首側。 4−1集合のEX.Pは水冷ジャケットで冷却されている。
ウォーターマフラー内にも水噴射をして排気ガスの冷却と共に排気を消音している。
アルミ鋳造屋さんに、良くぞジャケット付きのEX.Pを製作してくれた事に
感謝を伝えると、逆に良くぞこんな図面が書けたことに驚いていた。
船尾側からエンジンを見る。 排気管は4-2-1集合として性能向上を計っている。
7,000rpmで最高出力を得る為にインテークパイプは出来る限り長くした。
右側の出っ張りはドライサンプ用のオイルタンクである。
船首側から見たエンジン。 クランクケースの下に書かれた線が、ハルから隙間を確保した限界線で
この線にエンジン部品が侵入すると、ジャンプ後にエンジンがハルに当たってしまう。
レギュレーション上、必要なスパークアレスターはまだ考えられていない。
夜間航行禁止のジェットスキーには灯火類が無いのでゼネレータの
発電は点火用とバッテリー充電だけで済んでいる。
ゼネレータはオイルジェットでの冷却と合せてステーターを水冷化している。
これだけの仕上がりで試作エンジンが出来たのに開発中止にするのはバカ会社だと思った。